天文コラム「星空のかなたに」
vol.3 清純なおとめ座

 有名な「北斗七星」の柄のカーブをそのまま延ばしていくと、うしかい座の「アルクトゥールス」にたどり着く。「熊の番人」という意味を持つこの星は、全天で3番目に明るい輝星で、オレンジ色に光っている。日本では、古くから「麦星」の名で呼ばれ、それはちょうど麦の刈り入れをする頃、この星が宵空に頭の上で輝くからであるという。またさらに、梅雨期に日没後の天頂にくることから「五月雨(さみだれ)星」という美しい名前をも持っている。一方「熊の番人」とは、この星座が、猟犬(りょうけん座)を連れておおぐま座の熊を追ってゆく姿とみて、名付けられたといわれている。北斗七星は、このおおぐま座の一部にあたる。
 北斗七星からアルクトゥールスにかけてのカーブをさらに延ばしていくと、ようやく、おとめ座の「スピカ」にたどり着く。春の夜空に描かれたこの大きな円弧を、「春の大曲線」といい、「春の大三角」同様、目立つことを嫌うかのように、控え目に見えている春の星座を探すのにたいへん役に立つ。
 白く清楚に光るスピカの和名は「真珠星」。まさにこの星の輝きにぴったりの名前である。そして、真珠星とさきほどの麦星は、「春の夫婦星」ともよばれ、古くから日本人に愛されてきた星々だ。おとめ座は、このスピカを含んで“y”の字をやや横に寝かせた形に星が並んでいるのだが、それから乙女の姿を連想するのはむずかしいだろう。
 古星図には、女神が描かれており、手には麦の穂を持っている。もともとスピカには、「とげとげしたもの」という意味があり、スピカはその麦の穂先で輝いている。星座絵が示すとおり、おとめ座は、ギリシャ神話の農業の女神「デメテル」の姿とも、あるいは、その娘である豊作の女神「ペルセポネ」ともいわれている。

「春の大三角」と「春の大曲線」および「春のダイヤモンド」
 ところで、このおとめ座は、神話の正義の神「アストラエア」の星座でもある。アストラエアは、大神ゼウスと月の女神アルテミスの娘である。ギリシャ神話によれば、その昔、神と人間が地上で共に平和に暮らすことのできた“金の時代”から、農耕の必要が生じて人間社会に争いが起き始め、神々がしだいに天上へ引き上げていった“銀の時代”へと移り変わった。そしてとうとう“青銅の時代”がくると、人間たちの争いと不正はますますひどくなったため、地上に残って人間たちに正義を教えていたアストラエアも、ついに人間界を離れ、天上へ帰って星座になったのだという。そしてその時、女神が正邪を計る天秤も、いっしょに星座(てんびん座)になったということである。
 いずれにせよ、おとめ座の1等星スピカの白く清純な印象は、新緑のさわやかな季節の夜空を見上げる人にとって、忘れがたいものになるだろう。

描画:巻高天文部(山田真由美)
April 2003.


1980年3月卒 天文部OB(前新潟県立自然科学館天文学芸員)
巻高校教諭 中沢 陽

E-mail:nakazawa.yoh@nifty.ne.jp
HP(URL):http://member.nifty.ne.jp/nakazawa-yoh/index.html
テーマ曲:星空のかなたに(Copyright:中沢 陽 1995/Piano:大澤俊秀)
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